2019年7月24日水曜日

グラストンベリーフェスティバル初体験で感じたことと、唯一無二の理由

明日からいよいよフジロックです。

1年に一度の待ちに待ったお祭り
4日間お酒を飲んで踊っていられる大人の天国!
毎年このために働いてるようなもの!!
よく頑張ったねみんな!
オトナの夏休みの始まりだぞ!!

ってことで、明日からのフジロックを前に
グラストンベリーの思い出を(まだやるんか)感じたことを書いてみました。

グラストンベリー参加に参考にしてもらうというよりは、
初めてグラストンベリーを体験した感想を忘れないように自己満で書いた感じです。



■自分のことは自分で~という前提
グラストンベリーは、はっきり言って不自由だし大変。
フジロックとかタイコクラブとかある程度キャンプフェス慣れしていないと絶対ツライ。

トイレは地獄のような設備だし(キレイなのもあるけど)、紙ないし、
自分から何かを聞かないと基本的に用意されていない。


キャンプグッズも売ってるけど、場所とか書いてないからお店は自分で探すし
物販はどことかもアプリのマップに載っていない。
自分のことは自分で、というスタンス。

不自由さの美学、DIYの良さみたいな感じで暗黙の了解。

でもなんとなく思ったのが、
グラストンベリーで久しぶりに汗をかいて筋肉痛になり、尿意を我慢し
なんか大変だった!でもすごい楽しかった!大変さも楽しかった!泣
みたいな感覚になった。

これって何かの感想に似てる?なんだっけ?って思いだしたのが、
小学校の林間学校だ。

テレビとか見れないし、民宿みたいなところで虫と戦って
友達が寝言言ってて爆笑するみたいなあの感じ

フジロックも同じような気持ちになる。

日頃コンクリートジャングルでPCの画面と向き合っていたら忘れていた感覚を思い出した。

グラストンベリーからロンドン市内に戻ってきたとき、
買い物とかできるし観光も楽しみだったから嬉しかったけど、
ちょっと寂しくなったんだった。

もうあの楽しいテント生活ができないのか・・・!って。

ただ、キレイなホテルに着いた瞬間その寂しさは消えましたけども。笑





■すべての人が表現者であり、全てを受け入れる場所
服装とか見た目とかとにかく自由。
コーチェラの時にも書いたけど、日本でよくある「フェス制服」みたいなものがない。

泥だらけになるのに白いスニーカーのやついるし、
ふんどしで歩いている男性がいても誰も笑わない。

40代くらいのおばちゃん達がウエディングドレス風の衣装を着たまま
裸足で土だらけになって踊ってたりもする。





あと今年はLGBTQのRainbow prideのシーズンが重なっていたり、
出演者のYears & yearsのOLLYや、Janelle Monaeといった公言しているアーティストが多かったからか
LGBTQを示すレインボーの何かを身に着けている人が本当に多かった。


多分自分がそのうちの一人だから、ではなく
理解を示す思想を持っている。というファッションの一部のようだった。

ほかにもBREXIT(EU離脱問題)の時期だったから、
自分の意見を述べているTシャツやキャップをかぶっている人がいたり、
反トランプの服を着ている人もいた。

日本のフェスだとこういう姿はまるで見ないし、
ちょっと恥ずかしいカッコ悪いみたいな空気すらある。
それが良いとか悪いとかではなくて、
グラストンベリーは自分の意志を主張できる、表現の場所のひとつなんだ。

ここはコーチェラとの違いでもあると思っていて、
コーチェラはアーティスト側が思想や意思を主張しているけど、
オーディエンス側はグラストンベリーほどではない雰囲気がある。

グラストンベリーは50年の歴史があって、
年齢層も幅広い。本当におじいちゃんおばあちゃん~赤ちゃんまでいる。

コーチェラは比較的オーディエンスが若くてティーン~30代って感じなので
意見や意思を表現するという雰囲気ではないかも。

それでも何か枠にとらわれないスタイルって良い。
個人的に○○は××でなくてはいけない。みたいな考え方は苦手なので、
日本のフェスティバルファッションみたいなのはあまり好きではない。

「それはウルトラジャパンの服っぽい」とか「ロキノンぽい」
とか枠に当てはめるんじゃなくて
自由に着たい恰好を楽しめば良いのにって思う。

だから別に「私はこう考えています」っていう意思をファッションに取り込むのも素敵だなと思う。




■知らなくてもアーティストに対するリスペクトがある
GlastonburyCoachellaに行って感じたのは
現地のお客さんたちがそれぞれリスペクトを持っていること。

良い意味でも悪い意味でも、
"何も気にしていない"ということ。

アーティストのライブを観て、
歌いたかったら歌う、叫ぶ、踊る、人の上に乗る、クラウドサーフ
タイミングとか踊りが合ってないとか全然関係ない。

なんなら曲すらもわかってないけど歌っている。

BABYMETALが「Singing!」と叫ぶと、
あやふやでもなんとなく聴いたままに歌う。



ファンのマナーとかそういう前提の話よりも前に、
彼らにはリスペクトと熱狂があって、
頭で考えるより衝動的に体が動いてしまう感覚。

そういうライブの楽しみ方って最高。


アーティスト側のライブの凄さもあるけど、
オーディエンスに感動することの方が多かった気がする。

去年コーチェラで観たBeyonceは、彼女のパフォーマンスは言わずもがなだったけど
彼女が登場した瞬間の観客の熱狂や、デスチャ再結成の「Say my name」のシンガロングに感激して泣いてた。

オーディエンスの熱狂は、声や、体の動きじゃないとなかなか伝わらないと思う。
海外のオーディエンスは、リアクションがわかりやすい。
だから良いライブの時ほど一緒に観てるオーディエンスにも感動する。

グラストでBABYMETALを観たときも、
BABYMETAL正直全然知らなかったけどオーディエンスの熱狂度に巻き込まれて
いつの間にか自分も感激して知らない外国人と握手していた。

こういう自分を表現している人たちに対するリスペクト、
ちゃんと持っていたいし、ちゃんとリアクションしていきたいなと感じた。




■ライブハウスのような汗っぽいパフォーマンス
海外のフェスティバルで観たライブは、
どんなパフォーマンスも、オーディエンスも、ライブハウスで観ているみたいだった。

日本のフェスで観ているバンドとかって、
テレビっぽい、フェスっぽい、ライブハウスっぽいみたいな感覚ありませんか?
どことなく本人側も観ている側も差を付けている感じがある。

でもヘッドライナーだったThe killersやケミカルブラザーズすらも、
泥臭くて汗っぽくて、なんか言葉にできないパワーがある。
サイケデリックなTame Impalaですらライブハウスだった。

なんなんだろうなあれは。

去年ロックインジャパンでサザンオールスターズ観たんですけど、
ライブで観てもテレビで観ているみたいだったの。

でもレッチリを数年前フジロックで観たときはライブハウスだった。

自分の感覚の差?みたいなものなのかもしれないけど、
理由はわからない。




■グラストンベリーだけが持っているもの
色々な人の意見や感想を聞いたり読んだりして思ったのは、
コーチェラやフジロックになくてグラストンベリーにあるものは、
誇りと祈りのような気がした。

50年の歴史と、世界最大規模、独特の自由な雰囲気があって、
話しかけてくる現地?のおじさんたちは
「どこから来た?グラストンベリーは初めて?最高だろう?」
って感じでドヤ顔をする。

イギリス人にとっての誇り的な存在でもある場所なんだろうな。

最終日、グラストマスターごとうさんに連れて行ってもらった
Stone Circleは、世界遺産の一部でもあり、他のエリアとは大きく違う雰囲気を持っていた。

焚火を囲みながら、朝陽が登るのを待ってるんだけど
太陽が見えだすと、拍手をする人や踊りだす人、持ってきた楽器を鳴らす人、
太陽に感謝しているようで、
ちょっと宗教的といいうか、祈りにも似たような場所で
とても日本では感じられない雰囲気だった。





行ったことある人のほとんどがグラストンベリーは唯一無二だという。
本当にその通りだった。

そりゃ50年の歴史があるのだから当然で、初年度からそんなものが存在するフェスティバルなんてありえないとおもう。

でもきっとフジロックは数十年後そんな存在になる可能性があるかもって思ったりして
ちょっとだけワクワクした。

グラストンベリー初体験を経て、
今年もマイホームフジロックへ向かいます。



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SUPER SONIC 9/18

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